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Toshizō Kobayashi
Japanese baseball player

Toshizō Kobayashi

Toshizō Kobayashi
The basics

Quick Facts

Intro Japanese baseball player
Was Athlete Baseball player
From Japan
Field Sports
Gender male
Birth 1912, Tsuruga, Fukui Prefecture, Japan
Death 1973 (aged 61 years)
Stats
Height: 170 cm
Weight: 60 kg
Education
Meiji University
The details (from wikipedia)

Biography

小林 利蔵(こばやし としぞう、1912年 - 1973年)は、福井県敦賀市出身のプロ野球選手。右投右打で、ポジションは一塁手、二塁手、三塁手。

来歴・人物

福井県出身だが、神奈川県生まれで家の引っ越しに伴い、敦賀に引っ越して来た。敦賀商業(現・福井県立敦賀高等学校)在学中には、甲子園に5回(内訳は、春1回〈1930年〉,夏4回〈1927年 - 1930年〉)出場。下級生時代は二塁手や遊撃手、上級生時代は投手として出場した。最高成績は2回戦止まりだったが、1930年にエースとして出場した時、小林のピッチングを青井鉞男(元一高のエース。1959年、第1回の野球殿堂を果たした)が「日本型の典型的な投手」と絶賛したと言う記事が残っている。尚、敦賀商業の先輩に松木謙治郎、後輩に伊原徳栄がいる。敦賀商業卒業後は、明治大学に進学。明大では一塁手を守り、当時の岡田源三郎監督(後に金鯱で、チームメイト及び上司になる)から可愛がられた。明大卒業後は社会人野球の東京鉄道局、森永製菓でプレーした。

1936年11月6日に金鯱に入団。2日後の名古屋戦(上井草球場)でデビューを果たした。一塁手、二塁手、三塁手を守れるユーティリティプレイヤーとして活躍。また強打の4番打者としてシュアな打撃でも馳せた。選球眼が良く、四球の数が三振を大幅に上回っている。1937年秋は25安打に対し29四球を選び、結果として打率.248に対し出塁率が.415と高く、IsoD(出塁率-打率)が.167と高率になっている(通算でも.124の高率だった)。しかし、1937年秋季シーズン中の10月に応召。1939年6月に復員し、金鯱に復帰。1939年シーズン中に開催された「日本職業野球優勝大会・読売優勝大会」(朝日・毎日に負けじと、読売新聞社が主催したトーナメント方式の優勝大会。公式戦とは別の試合として位置づけられ、1939年は7月22日から開催された)では決勝で、巨人から決勝ホームランを放ち、金鯱の優勝に貢献。読売優勝大会最高殊勲選手に選ばれた。しかし、戦争で得た疲労は大きく、1939年は打率.230、ホームランはキャリアハイの4本を放ちながら、同年末に現役引退した。

戦後は、郷里の福井県で高校野球審判員を務めた。

1973年に62歳で死去。

詳細情報

年度別打撃成績

年度 球団 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁死 犠打 犠飛 四球 敬遠 死球 三振 併殺打 打率 出塁率 長打率 OPS
1936秋 金鯱 15 55 48 4 6 0 1 0 8 3 1 -- 0 -- 6 -- 1 4 -- .125 .236 .167 .403
1937春 54 231 193 19 52 12 3 1 73 21 12 -- 7 -- 31 -- 0 19 -- .269 .371 .378 .749
1937秋 31 131 101 15 25 1 0 1 29 20 5 -- 1 -- 29 -- 0 11 -- .248 .415 .287 .702
1939 56 225 183 12 42 4 1 4 60 24 2 -- 1 4 36 -- 1 16 -- .230 .353 .328 .681
通算:3年 156 642 525 50 125 17 5 6 170 68 20 -- 9 4 102 -- 2 50 -- .238 .362 .324 .686

背番号

  • 18 (1936年)
  • 16 (1937年)
  • 不明 (1939年)

関連項目

  • 福井県出身の人物一覧
  • 明治大学の人物一覧
  • 名古屋金鯱軍の選手一覧

脚注

  1. ^ 大道文著 『新プロ野球人国記』
  2. ^ ちなみに、金鯱にとっては、公式戦・各種優勝大会において、これがチーム唯一の優勝だった。
The contents of this page are sourced from Wikipedia article on 08 Jul 2020. The contents are available under the CC BY-SA 4.0 license.
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