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Kanji Maruyama

Kanji Maruyama

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Biography

丸山 幹治(まるやま かんじ、明治13年(1880年)5月2日 - 昭和30年(1955年)8月16日) は、ジャーナリスト・政治評論家。 号・侃堂

略歴

長野県埴科郡清野村(現長野市)の農家に生まれる。1901年東京専門学校(現・早稲田大学)邦語科行政科卒業、日本新聞に入社、翌年青森新聞主筆となり、日露戦争中に日本新聞に復帰し従軍記者となる。1906年京城日報編集長を務め、1909年大阪朝日新聞社入社。「天声人語」を執筆。のちニューヨーク特派員、通信部長を歴任。1918年には白虹事件のため、長谷川如是閑らとともに退社。 1928年大阪毎日新聞社入社し、コラム「硯滴」を担当。まもなく東京日日新聞に移り、1953年まで短評論「余録」を担当。1930年ロンドン軍縮会議で政府全権が軍艦の対英米保有率に関し譲歩した際、枢密院が批准を延引したことに対し、丸山は枢密院を論難した。1954年「余録」が評価され、日本新聞協会から新聞文化賞を受賞。

家族

  • 祖父・清蔵は松代藩士。
  • 妻・セイは政教社社主・井上亀六(号・藁村)の異父妹。
  • 芸能プロデューサーで音楽評論家の丸山鉄雄は長男。
  • 政治学者の丸山眞男は次男。
  • 社会評論家の丸山邦男は三男。

著書

  • 『副島種臣伯』(リプリント版) みすず書房、1987年(原著1936年) ISBN 4622061627
    • 副島種臣の唯一の本格的伝記とされる。
The contents of this page are sourced from Wikipedia article. The contents are available under the CC BY-SA 4.0 license.
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