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Fujiwara no Tomoyasu
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Male
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Biography
藤原 倫寧(ふじわら の ともやす)は、平安時代中期の貴族・歌人。藤原北家、権中納言・藤原長良の孫にあたる左馬頭・藤原惟岳の子。官位は正四位下・伊勢守。
経歴
朱雀朝で中務少丞を務めたのち、村上朝初頭に右衛門少尉・右馬助と武官を歴任する。村上朝半ばには陸奥守として地方官を務めたほか、右兵衛佐・左衛門権佐にも任官している。村上朝後半に河内守に任ぜられると、円融朝では丹波守・伊勢守を務めたほか、時期は不明ながら常陸国・上総国と東国の大国の国司も歴任した。
貞元2年(977年)卒去。最終位階は正四位下。
一条堀川に住んだという。歌人として『後拾遺和歌集』に和歌作品1首が採録されている。本朝文粋に天延2年(974年)に倫寧が作成した奏状が一つ残っている。
官歴
- 天慶4年(941年) 11月5日:見中務少丞
- 時期不詳:正六位上
- 天慶9年(946年) 8月7日:見右衛門少尉
- 時期不詳:右馬助
- 天暦8年(954年) 10月:見陸奥守
- 時期不詳:右兵衛佐
- 応和年間:左衛門権佐
- 応和3年(963年) 正月:河内守
- 天禄元年(970年) 5月19日:見丹波守
- 天延2年(974年) 12月17日:見散位従四位上
- 天延4年(976年) 3月20日:見伊勢守
- 貞元2年(977年) 日付不詳:卒去(正四位下)
系譜
『尊卑分脈』による。
- 父:藤原惟岳
- 母:恒基王の娘
- 妻:藤原春道の娘
- 男子:藤原理能(?-995) - 従五位下、肥前守
- 妻:源認の娘
- 男子:藤原長能(949-1009?)
- 生母不明の子女
- 女子:藤原道綱母(936?-995) - 藤原兼家室、『蜻蛉日記』の作者
- 女子:藤原為雅室
- 女子:菅原孝標室 - 菅原孝標女(『更級日記』作者)の母
脚注
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