Imadegawa Kin'akira
���戸時代中期の公卿。従二位・権大納言、内教坊別当、神宮伝奏、春宮大夫。今出川家18代。今出川伊季の次男。母は家女房
Intro | ���戸時代中期の公卿。従二位・権大納言、内教坊別当、神宮伝奏、春宮大夫。今出川家18代。今出川伊季の次男。母は家女房 | ||||
was | |||||
Gender |
| ||||
Birth | 30 April 1696 | ||||
Death | 21 March 1731 (aged 34 years) | ||||
Star sign | Taurus | ||||
Family |
|
今出川 公詮(いまでがわ きんあきら)は、江戸時代中期の公卿。官位は従二位・権大納言。初名は清季(きよすえ)。
宝永2年(1705年)に叙爵。宝永3年(1706年)、兄公香が官位官職を返上する事件があり、かわって今出川家を継いだ。侍従・左近衛少将・左近衛中将を経て、正徳2年(1712年)に従三位となり、公卿に列する。その後も踏歌節会外弁や権中納言を経て、享保8年(1723年)に権大納言に任じられ、同年内教坊別当も拝命。享保12年(1727年)から15年(1730年)にかけては神宮伝奏をつとめた。この間の享保14年(1729年)には皇太子昭仁親王(桜町天皇)の春宮大夫に任じられている。享保16年(1731年)に病となり、すべての任職を辞した。