Akiyama Takeshi

The basics

Quick Facts

A.K.A.Akiyama Hisai
A.K.A.Akiyama Hisai
PlacesJapan
Gender
Male
Birth1 November 1849, Kuwana, Mie Prefecture, Kansai region, Japan
Death13 November 1929Kuwana, Mie Prefecture, Kansai region, Japan (aged 80 years)
Star signScorpio
The details

Biography

秋山断(あきやま たけし、嘉永2年(1849年)11月 - 昭和4年(1929年)11月13日)は幕末、明治の儒学者。幼名は於菟夜叉、後に次郎助。名は勝機。字は子勿。号は罷斎、蠔山、芦窓、希叟。本姓は源氏。桑名藩儒秋山白賁堂次男。

生涯

嘉永2年(1849年)11月、伊勢国桑名城内柳原に桑名藩儒秋山白賁堂の次男として生まれた。遺伝のため生まれつき近眼で、外で他の子供と遊ぶことができず、専ら家で父や兄直太郎に学問を教え込まれた。安政3年(1856年)、8歳で藩校立教館に入学して南合果堂に学び、同時に大塚晩香家塾に入った。10歳には『春秋左氏伝』『史記』を白文で通読したという。

文久3年(1863年)から新陰流剣術を学び、慶応2年(1866年)河合半兵衛より七訣を得た。慶応2年(1866年)立教館で句読師を勤め、慶応3年(1867年)京都警備のため上京し、京都所司代で句読師を勤めた。

明治4年(1871年)文学館補教に任命されたが、病気のため辞退し、明治4年(1871年)松平定信伝記編輯掛、明治6年(1873年)御系図編輯掛を嘱託された。明治7年(1874年)父兄が相次いで死去し、家督を継いだ。以後は地元の子弟教育に尽力し、明治35年(1902年)県知事より金一封を賜った。また、明治24年(1891年)3月東京を訪れている。晩年は子もなく、視力を失い、生活に不自由したが、旧門弟等の結成した桑名尚徳会により新居等の援助を受けた。

著書

また、『温知余筆』に「勢海一滴」等を連載している。

脚注


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